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Radiohead
素晴らしいバンドを観た時って
みんなに誇りたいよ0ないい気分になるものだろ
僕たちは結成してたったの16年で
その段階に達することができたってわけだね
待望の新作「ヘイル,トゥ,ザ,シーフ」迎撃第二弾は、ギタリスト-コンビ,インタビュー
“聴いたことのないバンド-サウンド”が生まれるために、必要だったものとは?
インタビュー⑥播磨秀史通訳@今井孝子 | Hideshi Harima



それにしてもレディオへッドというのは、 どうやっても新しい領域に足を踏み入れてし まうバンドなのだなあ、とつくづく。最初に 「ヘイル.トウ.ザ.シーフ」を聴いた時、 「どんなバンドもまだ出していない音が、こ んなにたくさんあったのか!」と、衝撃を受 けた。バンドというフォーマット、方法論に は可能性がたくさん残されていることを、 「何も考えずに作った」というレディオへッ ドの音楽が、目の前で見せつけているのだ。 初めて“エヴリシング,イン,イッツ,ライ 卜,プレイス’’〖「キッド八」)を聴いた時とは 違う質のものだったが、興奮を感じたのは間 違いない。 先月号の卜厶,ヨークとコリン,グリーン ウッドに続いて、新作「ヘイル,トウ.ザ. シーフ」迎撃第二弾となる今回は、ジョニ 一.グリーンウッド、エド.オブライエンと いうギタリスト,コンビのインタビューをお 届けしよう。取材自体は前回のものと同じ日 に行なわれたため、同じ質問もいくつかぶつ けている。先月号の記事と合わせて読んでも らえれば、彼らの考えをより全体的に掴むこ とができるだろう。 そんな今回の“バンド,サウンド”にはも ちろん色んな音が寄与しているのだが、やは り“ギターの冒険”には一際耳を惹かれてし まう。なぜなら、誰もがこの楽器を手にして 新境地に挑んでいく一方で、「もう新しい音 なんてない」という行き詰まり感も、確かに あったのだから。そういう意味でも、ジョニ 一が今回「僕にとってギターは、やっぱり特 別な存在なんだよ」と語ってくれたこともま た、新鮮な驚きで嬉しく感じた。まだこれか らも、ギターの可能性が広がるのを聴けると いうわけだ。 そして、レデイオヘッドが再び日本の地を 踏む日がもうすぐやって来る。そこではアル バムよりも更に新しいサウンドが、笑顔と共 に鳴らされていることだろう。

——「キッド六」と「アムニージアック」に まつわる大仕事が、一昨年の日本公演で一段 落した時はどんな気持ちでしたか。
エド.オブライエン(以下E) 「凄く充実し てたと思うね。あの充実感一杯の時期を日本 公演で締めく くれたってことは、とても意義 があったんじやないかな。ツアーが最高潮を 迎えている瞬間だっていう自覚は充分にあっ たから」
ジョニー.グリーンウッド(以下J) 「僕も 同感だ」

——その後、新作「ヘイル,卜ウー.ザ.シ ーフ」は随分早く仕上げましたね。
J 「凄く早くレコーディングできたと思う。 僕らのやる気満々の気迫とエネルギーが伝わ ってくるようなアルバムじやないかな。とて もポジティヴなサウンドになってるけど、そ こに流れてる厶ードは凄くダークなものなん だよ。変な感覚のメロディとヴォーカルが入 ってて、根底には暗い時代の暗いテーマがあ ると思う。そういう不可思議なコンビネーシ ョンだね。でもとても直感的な音楽だから、 聴き手を直撃してストレートに入っていくん じやないかな」
E 「ある意味そういう要素が不可欠だったん だよ。ちょっと辛辣でダークな要素が入って いて、それを覆い隠してるみたいな感じか な。でも、とにかくこのアルバムの中に包み 込まれたものには凄く直接的なインパクトが あるんだ。同時にロの中においしさの旨味が 広がるみたいな部分もある。なぜって、楽し さ一杯の曲もいくつか含まれてるからだよ。
確かに今回は本当にスピーディにレコ一デ ィングできたと思う。みんなが色んなアイデ ィアを抱えてたんだ。期間は短かったけど、 レコーディングをスタートして終わらせるっ て感じじゃなくて、ずっと絶え間なく続けて いくような感覚があったんだよ。ジョン,レ ッキーがよく言っていたよう(こ、アルノ《ムは その時期のバンドの全体像を映し出すってこ とだよね。だから、昨年後半の僕たちの姿が 映し出されたアルバムって言えると思う。最 初に!^でのセッションで曲に磨きをかけて、 11月に曲目リストを作っていったんだ。
演奏活動を中止してレコーディングに入る ことはしなかった。ナイジェルゴッドリ 、' ノチ)は頑な姿勢を貫きながら、僕たちを一 つ屋根の下に集めてくれたよ。『キッド八』 や『アムニージアック』の時みたいに、25 曲もレコーディングするなんてことはさせた くなかったんだろうね。そんなことしたら後 でどの曲を収録するかで頭を悩ますことにな るし、さもなきやニ枚組のアルバムになっ て、一枚はオーケーだけどもう一枚はちょっ とヤバい、みたいな作品を出すはめになっち ゃうからさ。だから、彼は16曲以上はレコ 一ディングさせないって方針を厳しく打ち出 した。僕たちが注意散漫にならないようにす ることが凄く重要だったんだよ。だから当然 タイム.リミットが設けられて、クリスマス までには全て終了ってことになった」

——内容的には、どんなヴィジョンやイメー ジを持って臨んだんですか。
E 「とにかく長時間スタジオに籠もりっきり になるのだけは避けたかったんだ。だから、 リハーサルにかける時間を長くしたかったん だよ。ライヴでやりたい曲もあったからね。 『キッド八』と『アムニージアック』を作っ て以来追い求めていた、ライヴの要素も取り 入れたかった。だから今回の曲は、スタジオ の中で構想するような作り方はしてないん だ。フレッシュなアプローチでライヴでプレ イするには、どうしたらいいのかを考えなく ちゃならなかったし。そういう部分でェキサ イティングだったよ。例えば“イディオテッ ク”のようなものを、“スィット.ダウン。 スタンド.アップ”みたいな曲の中で取り入 れるとか……。スタジオでレコーディングし ながら、そんな感じの曲になるように考えて みたんだ。ツアーに出てライヴをやる時に、 シーケンサーを使ってもうまくいくようにっ てことが今回の基本的方法論だった」

——「キッド八」で“脱バンド’’を感じさせ た後、「アムニージアック」では“バンド回 帰”に向かい、更にこの新作ではバンド,サ ウンドが重要な要素になりました。この間に あなたたちの中で、“バンド”に対する意識 にはどんな変^:があったんでしょう?
J 「セカンド.アルバムをありきたりな方法 で作るバンドってよくいるよね。曲を作っ て、ギタリストとベーシストとドラマーがそ れぞれ役割を分担して、ソロなんかも付けた りするっていうやり方。そういうのって、ま るで工場の生産ラインに乗っけて製品を作り あげるみたいな方法じゃない?もしそうい う作り方をしたら、僕たちは凄く落ち込んじ ゃったと思うよ。僕はすぐ気が変わって移り 気な方なんだけど、断固として変わらないバ ンドっているだろう。流行なんかに脇目も振 らず、まっしぐらっていうバンドが……。で もそういうバンドが作る曲が、これまた凄い んだよね。ニール.ヤングなんて、もうテコ でも動かないくらい変わらないもんな。そう していつまでも変わらずにいいバンドでい続 ける。だけど僕らはもっと飽きっぽいから、 そういうバンドになるのに躊躇があるんだ。 そうなる必要もないし、まずありのままの僕 たちでいたいっていうのがあるから」

——エレク卜ロニックの要素やスタジオでの 編集的手法を中心にした曲も、ライヴでは完 全に“バンドとして’’消イ匕し、表現していま した。あのツアーで新たに掴んだものは何だ ったと思いますか。
E 「バンドとして一緒にプレイすることの喜 びだね。どんなに長いツアーでも、ストレス なんて感じないから」
J 「だから6力月間のツアーに出て、来年も ッアーを続けるって決めたんだよ」
E 「ステージでプレイするのがとても楽しい ってわかってきたのさ。2001年のツアーは 最高だった。ヨーロッノ、。、アメリカ、日本 でやったッアーの中には、今でも記憶に残っ てる本当に良かったギグがあるよ。僕たちは やっぱりラィヴ.バンドなんだって誇りを感 じたし、悪くない、これなら行けるって思っ たんだ。素晴らしいバンドを観た時って、み んなに誇りたいようないい気分になるものだ ろ。ライヴでは観客みんなが同じ空間を共有 して、そんないい気分に浸ることができるん だよ。何の努力もせずに、グルーヴが自然に 生まれてくる。そういう一体感があの夏には 生まれてきたのさ。
今のローリング,ストーンズを観に行って もそういう感覚は生まれないけど、69年とか 70年の全盛期にはそういうのがあったはずだ よ。歴史を振り返るとそういう現象が起こっ てたと思うんだ。頭の中のモヤモヤは吹っ飛 んで行って、プレイする喜びが生まれてく る。僕たちは結成してたったの16年で、そ の段階に達することができたってわけだね。 凄いことだよ。葛藤なんてものはなかった。 ギグのレベルが良くなきやっていうのはある けど、後は半潜在的なものだと思うよ。バン ドとしての一体感と、その日のギグの出来具 合いにかかってるんじやないかな」
J 「出発点は、やっぱりコンサートをやり続 けていたから生まれて来たものだと思う’。バ ンドがリアルタイムで、しかも艮ロ興的に曲を 作っていくことの良さを認識したって感じだ ね。例えば僕はコンピューターのプログラミ ングをして、サウンドを色々とマニピュレー トしたんだけど、その辺の隅に機材をセッ ト,アップして、みんながレコーディングし てるうちにササッと仕上げてしまった。5分 間曲を何度もプレイバックしてる間に、全体 が見えてくるみたいなところがあったね。一 人が何時間もコンピューターをいじくり回し ている間、他のみんなはボケッと座って待っ てる、なんてことも必要なかったんだ」
E 「キーワードはリアルタイムだよ」
J 「うん、リアルタイムだね。リアルなサウ ンドを生み出すリアルタイムってのが、最も ェキサイティングなことだった。機材を一緒 にシークェンスさせる方法を色々と模索して いる所なんだよ、僕たちは」

——ジョニーは前に、「アルバムの半分は前 作からの流れで、残りの半分は新しくて次に 繋がる」と言っていましたが。
J 「うん、そういう実感は確かにあるね。 今回は一枚以上のアルバムの流れを汲んでる と思うよ。アルバムを作るごとに、前作はほ ぼ完璧だったけどまだ少し到達できなかった 部分があったかな、とかって思うものなん だ。次はあそこをもう少しこうしてみようっ て感じで、修正する箇所を見つけることがで きる。だから、どこか同じなんだけどやっぱ り違う、みたいな作品ができあがっていくん だよね」

——今回手に入れた“新しいもの”は何でし たか。
J 「全く違うって意味では、“2 + 2 = 5” とか“スイット,ダウン。スタンド.アッ プ”の2曲。本当に新しいと思う」
E 「うん、同感だ。“ゴー.トゥー.スリー プ”も全然違う曲だよね。あの手の曲をやっ たことは今までになかった。“バックドリフ ツ”とか“ザ.グロー ミング”とかにもそう いう感覚がある。実は“バックドリフツ”は 『キッド八』のセッションから生まれた曲な んだけど」
J 「そうそう。機材と向き合いながらも、 リアルタイムでライヴなエレクトロニック, サウンドをたくさん取り入れて、元気一杯な エネルギーを注ぎ込んだんだ。まるでクラフ トワークが未だにテープを使ってしこしこと レコーディングしていく過程みたいにさ。物 を叩いたりしながら、肉体を酷使してエレク トロニック,サウンドを捻出するような感覚 に似てたかもしれないね」
E 「テープを叩いたりしたしさ」
J 「やっぱり僕たちも肉体を酷使してたって わけだ」

——「スタジオの雰囲気は最高だった」そう ですけど、一体何が良かったんです?
E 「今回はし八でのレコーディングってこと で、レディオヘッドには相応しくないって言 われてたのは知ってる。乙八とレディオへッ ドって、そんなに相性悪いのかな?確かに 『キッド八』には北欧の感覚があると思う。 寒くて荒涼としてて、水晶のように透き通っ てるっていう感じがね。
でもし八は素晴らしい所だったよ。変では あるけど、太陽はさんさんと照っててスタジ オが凄く良かったから、レコーディングする にはぴったりだった。音楽産業のど真ん中に 位置する所で、いつでも必要な物が手に入っ たしさ。これまでに太陽が照り輝く所でレコ 一ディングしたのは『ザ.ベンズ』だけだ ね。あれはマナー.スタジオでレコ一デイン グしたんだった。
天候が音楽の雰囲気を作り出すって論理に は、大いに信憑性があるって僕は信じてる よ。そういう相対的な閨係は否定できないと 思うな。ただの太陽の輝きが、人体に影響 してるんだよ。メラトニン合成に作用して脳 細胞の活動を高めると言われてるセロトニン が、脳の中で作られてるんだと思う。だから 太陽の輝きによって、プレイする音楽も影響 を受けるってことなんだ。絶対に何かが作用 してると思うよ」

——フィルが「こんなにスタジオで自信を持 っていたことはなかった」と語ってました。 そこまでの自信はどこから来たんでしょうか。
E 「それは集団的効果による、空威張りの 一種かもしれ‘ないよ。僕たちの自信のなさ が、色んな意味でちょっと問題だったところ もあるからね。自信がないくせにプライドだ けは高かったんだ。でもやっぱりちょっとは 自信を持つことも必要なんだよ。自信過剰っ ていうのも困るけど、まあハ,ランスの問題だ ね。少しでも自信を持てればお互いに信頼で きるようになるし、物事はスムーズにうまく 運ぶようになるものさ」

——あなたたち二人も今は色々な楽器をプレ イしますが、今回はギターばかりが主役では ないながらも、随所で重要な役割を担ってい ます。特に“ゴー,卜ウー.スリープ’’の後 半にギターが斬り込んでくるところなんかは 凄くスリリングですけど、「やっぱりギター が一番表現しやすい、自分の手足のようなも のだ」と感じますか。それとも、もうギター は“数ある楽器の中の一つ’’に過ぎない?
J 「僕にとってギターは、やっぱり特別な存 在なんだよ。即興的に素早く、自分の表現 したいことが表現できるものって感じ」
E 「僕たちの気持ちによく反応してくれるん だよね。ギターが凄いのは、軽く爪弾くこと もできれば激しく強く弦をかき鳴らすことも できるってところ。そこが魅力なんだ。
そうそう、確かに“ゴー,トゥー.スリー プ”のジョニーのギター,ソロは本当に凄い よな。この世にああいうギター.ソロができ る人間は他にいないと思うよ。ギターってい う粋を越えた、まさに真実そのもののサウン ドで、とても重要な要素だ。今回のアルバム での、ジョニーのリード.ギタリストとして の功績は大きいんじゃないかな。ああいうギ ター.ソロは、前作2枚ではやらせてもらえ なかったからね。
このアルバムの素晴らしいところは、みん なに自己表現する自由が与えられたってこと だよ。それが、みんなでベストなものを表現 し合うことに繫がったんだ。自己表現するこ との満足感って、必ずあると思うな。個々で 何かをやることで、自己の存在を意識するこ とができるからだろうね。それにバンドのサ ウンド、みんなでライヴでプレイしてるって 感覚も大きいだろうし」

——何でもジョニー は大きい箱のような楽器 を作ったりもしているようですが、それはど んなものなの?
E 「ええっ!箱だって!ギャハハハハハ ハ(笑いが止まらない。ボックスとは、英語 でズボンの上からでも盛り上がっているのが わかる男性性器のことを指す隠語)」
J 「そうか、ボックスね(とクスクス笑う)。 僕の箱の中にはたくさんの小人が入ってるん たよ!な一んてね。コーンウォール(英国 南西端の州)に住む筋肉ムキムキのボブって 男が、エレクトロニックな機材を満載にして くれたんだ。色々な技を出して作ってくれた から、使うのが凄く楽しいよ。コンピュータ 一のスクリーンとマウスだけで操作するんじ や限界があるから、ボタンもたくさん付いて る。ボタンが一つだけだと、やっぱり充分じ やないからね」

——他に、新作では何か面白い楽器や機材を 使ったりしました?
J 「目新しいものはなかったね。気に入って いる楽器を使って、ラップトップ,コンピュ 一ターをまるで楽器のように使ってた。それ に、僕の箱の中にはいいものがたくさん詰ま ってるし-。今回のアルバムでは僕の秘密の箱 は大活躍したよ。でも誰にも貸してあげない ことにしてるんだ。これだけは……箱から生 み出されるサウンドで充分だったよ。これが 僕の箱の秘密の全てさ」

——「ポップ.ミュージックは時代の鏡であ る」と言われますが、「ヘイル.卜ウー. ザ,シーフ」は今という時代の何を映し出し ていると思いますか。
J 「うん、やっぱり今の世の中を反映してい ると思うよ。僕たちが感じている渾池とした 気持ちと恐怖心ってやっを、充分反映したア ルバ厶になってる。去年と今年の世界情勢も 反映されてるしね。アルバムではいつだっ て、この世の中を変えたいって言ってるんだ よ。と同時に、もうこんな世の中なんか見捨 ててどこかに雲隠れしちゃおうよってことも 歌ってる。でもきっと、誰だってこういう相 反する気持ちを抱えてると思うんだよね。 時々家の中に身を隠して、何もしたくなくな ることってあるだろう?かと思えば、もう 許せないってくらい動揺して怒りを感じ、こ んな世の中変えてやりたいって衝動にかられ ることだってあるはずだ。どういうことに興 味を持っているのかによって、反応は違って くるだろうけどね」

——さて、レデイオヘッドも今年でいよいよ デビュー10周年です。あなたたちにとって、 どんな10年だったと思いますか。
E 「最初のアルバム『パブロ.ハニー』がリ リースされたのは10年前だけど、バンドとし てはもっと前から活動してたんだ。幼稚園の 頃からだよね(笑)。あれから月日は経った けど、今でも僕は失望してるよ」
J 「これでもう充分っていう気持ちにはなれ ないってことだろ。『パブロ.ハニー』が絶 対に成功したいっていう動機付けになってる かもしれないな。16歳の時は、自分たちは いいバンドだって思ってたから」
E 「そう思い込んでたんだ。初めてスタジオ に入って、初めてレコードを作るまでは。い ざレコードを作ってみて、『何だこりゃ! 僕たちは全然大したことないじゃないか!』 って気が付くんだよね。そこでどんどん磨き をかけて、『パブロ-ハニー』よりいいレコ 一ドを作ってやるぞってガムシャラになって 『ザ.ベンズ』を作って、ああ良くなったっ て喜んでるうちに飽きてきて、もっといい次 のレコードを作りたくなる。それで『OKコ ンピューター』を作る原動力が生まれてきた んだ。ずっとそんなことの繰り返しだよ。
まだレコ一ド会社と契約を結ぶ前だから、 87年とか88年だったかな。当時ガキだった 僕たちは、パブに飲みに行っては『これから どういう方向でバンド活動を続けていこう か』って、よく話し合ったもんだよ。でも実 際にプロとしての活動が始まると長期的なこ とは考えなくなって、次のレコードのことだ けを考えては完成させ、それからまた次のレ コードについて考えるって形になっていった んだ。僕たちが最後にマスタープランを練っ たのは、16年前にオックスフォードのパブに 飲みに行った時。でもその時に練った1993 年のマスタープランなんて、もうとっくの昔 にどっかに行っちゃったしさ。とにかく当時 とは状況が変わって……今でもずっと流動的 に動き続けてるんだと思うよ、僕たちってバ ンドは」 圓 アルバムではいつだって、この世の中を変えたいって言ってるんだ 同時に、もうこんな世の中なんか見捨てて どこかに雲隠れしちやおうよってことも歌ってる でも誰だってこういう相反する気持ちを抱えてると思うんだよね